じんわり温まる温灸メガネを作りましょう

2019.09.19 Thursday

先日、じんわり温まる温灸メガネを作る会に参加しました。

 

子供の頃、「1時間に1回は遠くを見なさい」と言われませんでしたか?

 

ビルなどに囲まれて視界が狭い都会では、意識的に遠くを見る機会を持たないと、ピンポイントで見がちになってしまうのです。

 

ピンポイントで見る見方は、トンネルビジョンとも言います。それに対して、ぼんやり周辺視野まで見る見方は、ワイドアングルビジョン。

 

野生動物は、普段はワイドアングルビジョンだそうです。広く周囲が見えていないと、どこから危険がやってくるかわかりませんし、どこに獲物がいるかもわかりませんものね。

 

野生動物は、獲物を見つけたとき、そして求愛活動のときだけ、トンネルビジョンになるそうです。チーターの場合、時速100キロで走れるのは約7秒くらいですから、あまり長い時間は使わないのですよね。

 

これに対して人間は、もちろんどちらもできますが、現代の日本人は、圧倒的にトンネルビジョンが多いのではないでしょうか。視界の狭い都会暮らしに加え、パソコン作業やスマホの操作、一点集中で見ることばかりです。

 

この眼の使い方だと、くたびれやすいのですよ。

 

太極拳を含むカンフーのお稽古は、野生動物をお手本にしているところも多いため、ワイドアングルビジョンを育てていきます。ワイドアングルビジョンとは、「木を見て、森も見る」のですよ。遠いところも見えているし、近くもちゃんと把握できているという状態です。

 

視野の広がりは、意識の広がりとつながっていると感じています。

 

「木を見て森も見る」ワイドアングルビジョンが育つと、意識も、自分の体をこえて、遠くまで広がり始めます。広がりは外側だけではなく、内側にも広がります。

 

トンネルビジョンばかりでピンポイントだと、意識も狭くなりがちです。スマホに夢中な人、隣にお友達が立っていても、気づかないなんてこと、ありますよね?

 

お稽古で視野と意識を広げていくことも大切ですが、疲れ切った目は、温めて緩ませることも大事です。

 

そこで活躍するのが、温灸メガネです。

 

ほんわり、じんわり、気持ち良いのですよ。

 

これは、関西に住んでいらっしゃる秋保良子さんという鍼灸師さんが発明されたもので、特許もあるそうです(特許出願番号2016-257938)。

 

もぐさを使いますので、その香りにも癒されます。しかも、このもぐさ、灰が落ちないという優れものなのです。

 

もぐさは、網で閉じてしまいますので、転がったりしません。

 

寝っころがって、温灸メガネで目をじんわりあたためていると、そのまま寝落ちしてしまう人もいるそうです。

 

メガネ以外にも、おへそに乗せて、へそ灸もできます。

 

わたしも愛用中の温灸メガネ、簡単な材料で作れます。手作りしてみませんか?

 

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みんみんの陽だまり時間〜じんわり温まる温灸メガネを作りましょう〜

 

日時:2019年10月12日(土) 14:00−16:00(15分前開場)

 

場所:自由が丘付近の和室(※お申込みいただいた方にお知らせします)

 

作るモノ:温灸メガネ(1つ)

      ※材料はご用意します。灰の落ちないもぐさ20個のおみやげ付きです。

 

持ち物:はさみ、カッターナイフ、定規(10センチほどのもの)。工作しますので、お洋服が気になるようでしたら、エプロン。

 

参加費:5000円(材料費、おみやげのもぐさ20個込)

 

お申込み:minminkungfu☆gmail.com(☆を@に変えてください)まで、タイトルに温灸メガネ参加希望と書き、お名前と電話番号、メールアドレスをお書きください。

 

キャンセル:開催10日前から、キャンセル料1000円がかかります。当日のキャンセル料は、全額5000円となります。

 

 

【9月の特別クラス】

9月22日(日)14:30-16:30「はじめての形意拳」 詳細とお申込方法はこちら

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらからどうぞ。

 


自分の軸を持って、流れにのる

2019.09.13 Friday

 

 

流れにのる、と言いますよね。大いなる力に身を任せる、とも言うかもしれません。

 

自分とは小さな存在で、ほとんどのことを知らないと思うと、自分を超える大きな存在や、流れがあると感じるのも、当然のように思えます。

 

流れにのるためには、無駄に抵抗しないことですよね。泳ぐとき、水の流れに逆行して泳ぐより、流れにのるほうが楽で、上手くいきそうです。

 

でも何もせず、ただ流されてしまうのは、違う気がします。

 

たとえば、近くにいる人がつまづいて、自分に倒れ掛かってきたとき、一緒に共倒れしてしまう場合も多いでしょう。起きたことに流されてしまうと、こんな危険を伴うこともあります。

 

太極拳で習う立ち方は、もっと意識的に、積極的に立ちます。

 

足で地面を押すと、頭が天に向かって伸びるようになります。縦に伸びる力がバネのように働くため、上から押されても、つぶれません。

 

流れが滞りやすい関節、特にひざ、股関節、腰(ウェストラインの後ろ側。反り腰の部分)、首に、無駄な力が入って流れを止めないようにします。

 

無駄な力が抜けると、体の中心に一本、しなやかで強い軸が通ります。

 

こうなると、周りで暴風雨が吹き荒れても、誰かが倒れてきても、簡単には流されなくなります。

 

押されたときは、抵抗するのではなく、縦に伸びる力で吸収してしまいます。相手から受けた力を、自分の力に変える、とも言えます。力を使って疲弊するのではなく、逆にパワーチャージする感じです。

 

もし押し返したり、岩のように固まったりすれば、ある程度は動かされないかもしれませんが、続けるのは難しいですし、もっと強い力で押されたら、丸ごとずるずると動いてしまいます。想像するだけでも、大変そうですよね。

 

自分の軸がしっかりあると、押されても、驚くほど自分にダメージはありません。とても気楽でいられます。

 

それを体で体験して、わかることは、とても役に立つと思っています。

 

体と心はつながっています。体が振り回されて疲弊すると、心も振り回されて疲弊しやすくなります。軸がある感覚を体で持つと、心も振り回されにくくなるのではないでしょうか。

 

トラブルに遭遇したとき、淡々とやり過ごせる人、ものすごく振り回されて疲弊する人、同じ状況でも、人の反応はさまざまです。性格と言ってしまえばそれまでですが、なんとなく、軸があるかないかも、関係している気がします。

 

人生は、流されるのではなく、自由意思で選ぶものだと思っています。

 

暴風雨が吹き荒れている中でも、飛んできた何かを掴むのも、自分の意志です。勝手にポケットに入るものもあるかもしれませんが、それを活かすも、捨てるも、自分の意志です。

 

体の自分軸を持つためには、順番にすべきことをしていけば(体を整えて、心を整えていけば)、誰でも、はじめての人でも感じられます。

 

ただ、この軸は、ちょっとしたことですぐに失われてしまいます。太極拳の練習とは、ある状態、無い状態を体験して、どんなときに、どういう状態だと失ってしまうのかに、気づいていくことでもあります。

 

もちろん、軸がなければ幸せになれないわけではないと思っています。でも、わたしの経験で言えば、あるほうが、ずっと穏やかに豊かに、周りに振り回されずに生きていきやすくなります。

 

自分の軸を持って、周囲と戦うことなく、受け入れ、自分の力に変え、自分を表現して、夢を実現していくこと、

 

これが流れに乗ることじゃないかな、と思っています。

 

流れに乗って、その力を自分の力に変えられたら、もっと自分を活かすことができるのではないかしらね。

 

 

【9月のイベント】

9月23日(祝・終日)は「こどもにかえって御岳山で遊ぼう!」です。詳細とお申込み方法は、こちら

 

 

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9月14日(土)14:00-16:30 「はじめての武当気功詳細とお申込方法はこちら

 

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アホであること

2019.09.06 Friday

 

先日、「『バカになれ』と言われた」という話題が出ました。

 

わたしも、同じことを言われたことがあります。20代の頃、会社でとてもお世話になった方が退職されるときに、贈ってくださったことばのひとつでした。

 

そういえば、しばらく忘れていましたが、わたしの今年の一文字は「呆」、阿呆の呆です。「アホ」は、声に出してみると、力が抜けて、笑って踊りだしそうじゃありませんか?この抜けた感じがいいなあ、と思ったのです。

 

「アホ」とか「バカ」って、どういうことでしょうね。

 

自分のそれまでの価値観にとらわれないことじゃないかな、と思うのです。

 

アホは、楽です。

 

「わたしがこんなことをやるなんて、みんなどう思うだろう」とか、「上手くいかなかったら恥ずかしい」とか、思う必要もありません。人目を気にする必要も、ありません。

 

「あの人は今、こんな風に思っているはず」なんて、想像もできませんから、妄想にとらわれずに済みます。

 

あまり難しいことも考えられないので、自然と、今、この瞬間を生きていることになります。

 

違う価値観に触れたときも、「へえーっ」と驚くことはあっても、受け入れる余裕もあるでしょう。自分の価値観はあっても、それに縛られていないからです。場合によっては、それまでの価値観をポイッと捨ててしまうこともあります。

 

ほとんどのことを知らないとわかっているため、どうやっても謙虚にならざるをえません。

 

「なぜあの人は、あれは、こうなのだろうか」という、世の中の大半のストレスに関わりそうな考えも、自分の価値観が基準でなければ、浮かんできません。

 

アホは、自分の人生をどうでもいい、と思っているわけではありません。他人の価値観に振り回されているわけでもありません。

 

そのときどきで、自分なりに大切なことはあって、それに従って生きています。

 

でも同時に、自分の世界がいかに狭いかも、知っているのだと思います。

 

ところ変われば、当たり前も、変ります。

 

たとえば、夏休みに旅したモンゴルで、良く食べられているのは羊肉と乳製品です。魚はありませんし(内陸ですから)、野菜もあまり食べません。

 

それでも、モンゴルの人は骨太で、健康そうです。モンゴル相撲の力士だって、強く育つわけですしね。お肉、お魚、野菜とバランス良く食べるという考えは、ここでは成り立たないのだと知りました。

 

もちろん腸内環境の違いもありますから、ずっと日本に住んでいた人が、いきなりモンゴル人の食生活をすると、バランスを崩すことはあるかもしれませんけどね。

 

他にもあります。中国でバス停で待っているとき、バスがやってくると、みんな列を崩してわれ先に、入口に突進していきます。日本人の感覚からすると「自分の事しか考えていない、礼儀知らず」と思っても、無理ないですよね。

 

でも、実際にその場に身を置いてみると、ちょっと違うのです。突進するのは、「自分がこのバスに乗りたい」という意志が行動に現れているだけで、他人を押しのけて自分が乗ろうとしているわけではなさそうなのです。なぜなら、他人に押しのけられたことは、一度もないからです。

 

そう思うと、この場面に出くわしても、別に嫌な感じもしないのですよ。

 

他にも、田舎の場合だけだと思いますが、バスや電車は満席になるまで出発しません。サービスを提供する側からみれば、効率的ですけれど、日本人の感覚からすると、ありえないですよね。

 

でも、「ここはそうなのだ」とわかってしまえば、イライラすることもなくなります。

 

逆にいえば、こういうところを「そうなんだね」と思えないと、日々の生活は、とっても大変になるかもしれません。

 

そもそも、今、自分が好きなものとか、いいな、と思っているものを見てみたとき、最初からすごく興味があったものばかりではないのではないでしょうか。

 

わたしの場合、モンゴルへの旅行にしても、中国に行くことにしても、太極拳を始めることにしても、どれも最初のきっかけは、自分ではありません。他の人から誘われた、みたいなものばかりです。偶然です。

 

もちろん、そこで選択をしているのは自分ですけれどもね。

 

突然、偶然、人生に現れたものが、可能性や視野を、ぐーっと広げてくれることもあります。思い入れが深くない方が、素直にそこに入れることも、あるのかもしれませんよね。

 

そして、「そこ」の力を存分に発揮できるのかもしれません。

 

どこかで俳優さんが、「すごく難しいセリフは、棒読みにする」と話していたことがあります。神社の宮司さんは、「大祓詞の意味を考える必要はありません。ただ読めばいい。神様のことばは、人間の理屈でわかるようなものではありません」とおっしゃっていました。どちらも、自分の何かを手放すからこそ、そのことばの力が発揮されるような感じではないでしょうか。

 

「アホになる修行」という横尾忠則さんの言葉集があります。ぱらっとめくってみたら、「ぼくは外部の評価よりも、自分で自分を特定してしまうことを恐れるんです」とありました。

 

わたしはこういう人だ、こういう価値観で生きている、これが正しいとか、その時々で思うことはありますよね。でも、それが将来も含めた自分の全てだと特定してしまったとたん、窮屈になってしまうのではないかしら。

 

アホであることは、自由に生きられることなのではないかしらね。

 

そして、アホは、裸の王様にならずに済むのですよ。正直ですものね。

 

「呆」を今年の一文字に選ぶくらいですから、まだまだアホになりきれていません。意固地になったり、小さくなったり、人の目が気になったり、「なんであの人はああなんだろう」と思うこともあります。

 

でも、そんな自分も、それなりに受け入れられているところは、アホの恩恵かもしれません。

 

 

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果報は寝て待て

2019.09.02 Monday

(武当山)

 

海外に行くときは、普段よりも慎重になります。

 

バッグは常に手から離さない(お店に入って座ったときも、腕にかけておきます)とか、お財布は人目につくところで開けないとか、日常的な動作の警戒レベルが自然と上がります。

 

スケジュールにも余裕を持たせて計画を立てますが、それでも、何か起きるときは、起きます。

 

2013年に中国の武当山にお稽古に行った帰りのことです。

 

当時、いちばん近い空港は襄陽(シャンヤン)空港でした。山門からは、車で高速を使って2時間ほどかかります。

 

余裕を見て3時間、飛行機が出る1時間前に着くとして、出発時間の4時間前に武当山を出発しました。

 

車は学校にお願いして手配してもらうため、運転手さんは先生のお知り合いです。これだけでも、安心度が上がります。

 

午前中の便だったので、早朝にお迎えに来てもらいました。無事に会えると、まずほっとします。あとは座っているだけですし、帰るという感傷にひたりながら、しんみり、外の景色を見ていました。

 

いつも乗る高速の入り口に来ると、封鎖されていて、入れません。下の道路を走って、次の入り口に来ても、入れません。その次も...と続き、どうやら今日は、高速にのれないようです。

 

高速を使わずに行ったことがないため、何時間かかるのか、わかりません。

 

運転手さんには、飛行機の出発時間は伝えてもらっていたのですが、あらためて「○○時に出発で、〇時〇分までに空港に着かなければならない。急いでください」と、つたない中国語で、必死に伝えます。

 

ときどき現れる「〇〇まで〇キロ」という標識を見るたびに、焦ります。時速〇キロで見積もるとあと〇時間...、ギリギリか、乗れないか...

 

今日、中国を出発できなければ...国内便も、国際便も、飛行機は買い直しです。経由地を変えて今日帰ることができるのか、1日ずらすのか...1日ずらすと、ビザなしで滞在できる期間(15日)を超えてしまいます。その手続きが必要になるのだろうか...とか、ぐるぐる、いろんなことが巡ります。

 

のんびり走っているように見える運転手さんに、この事態を本当にわかっているのだろうかという不安を抱きながら、「お願いだから急いでください」と必死の懇願をし、他にできることは、と考えて、航空会社に電話してみました。

 

「到着がギリギリになりそうなのです」と言ってみると、その電話で、チェックインしてもらえました。親切な対応に、ほっとしましたが、「到着は何時になりそうですか?チェックインはできていても、ご本人が〇分までにいらっしゃらなければ、飛行機は出てしまいます。わたしたちにはどうすることもできません。」と、当然のことをおっしゃいます。

 

「...あと1時間くらいです...」ウソです。わかりませんもの。でも、ギリギリに間に合いそうな時間を言っておくしかありません。

 

電話を切って、外を見れば、「〇〇まで〇キロ」の残酷な表示が目に入ります。焦りは募るばかりですが、どう考えても、もうわたしにできることは、ありません。運転できるわけでもありませんし、運転手さんが急いだとしても、速度には限界もあります。

 

ああ、どんなに焦っても、もう何もできないのだ、と思ったら、

 

............いつのまにか寝てしまっていました。

 

バッグについていた鈴がチリンと音を立てて目が覚めて、時計を見たら30分くらい経っていました。

 

「え?寝てた?」

 

朝、早かったから、眠かったとはいえ、この状況で寝てしまうとは...

 

空港にはだいぶ近づいていましたが、最後の最後、道に迷ったようで、運転手さんは窓を開けては道を聞いている様子です。

 

でもやっぱり、わたしにできることはありません。じっと待つだけです。

 

なんとか到着し、カウンターに走って荷物を預け、「急いで!」と言われて搭乗口まで走りました。運転手さんも一緒に走ってくださり、中に入るまで見届けてくださいました。

 

運転手さんも、心配してくれていたのだと、わかりました。

 

そして空港に到着してから10分後、飛行機のドアが閉まりました。小さな地方空港とは言え、人生で最速です。

 

「果報は寝て待て」ということわざがあります。

 

運というものは人の力ではどうにもできないものだから、あせらずに時機を待つのが良い、とか、人事を尽くしたら、あとは気長に良い知らせを待つしかない、という意味です。

 

まさかこのタイミングで、本当に自分が寝てしまうとは思いませんでしたが、おかげで休めましたし、不安な気持ちからも逃れられました。

 

今から思うと、運転手さんにしても、不安そうな顔でソワソワしていられるよりも、すやすや寝てくれた方が、安心して運転できたかもしれません。

 

自分の力なんてちっぽけで、どんなに準備したとしても、そのとおりになるわけでもありません。それ以上、何もできないこともあります。

 

それなら、寝てしまって、体力や気力を温存するというのも、いい方法なのかもしれませんよね。もちろん、そんなことを考えたわけでもありませんが。

 

間に合ったことは、運転手さんが安全運転でベストを尽くしてくれたり、電話でチェックインさせてもらえたり、道路が混んでいたわけではなかったり、いろいろなことが重なってのことですが、

 

運がよかった、としか言いようがありません。

 

その運は、わたしが何かをしたからではありません。ほんと、ありがたいです。

 

 

 

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伝えていくこと

2019.08.31 Saturday

 

モンゴルで乗馬体験をさせてもらったとき、印象的なことがありました。

 

キャンプを主宰している遊牧民の方が、「乗馬を教える」と決めたとき、周りの人は「何おかしなことを言っているんだ?」と、全く理解されなかったのだそうです。

 

なぜなら、遊牧民には「教える」とか「教わる」という概念がないからです。みんな3歳くらいから落馬しながら、自分で乗り方を覚えていくのです。

 

現在のモンゴルは、馬に乗れる人、乗れない人に、分かれます。遊牧民の家に育ち、自分で覚えた人と、都会で育ち、まったくそういう機会がなかった人、の2種類です。都会に育った人が、大人になってから乗馬を習うことは、ないのだそうです。

 

「教える」という概念がないので、「キャンプをはじめたとき、教え方なんてわからなかった」と話してくださいました。2年かけて、自ら修得していったそうです。

 

ここでは、まず乗る前に、馬との距離の取り方、怖がらせない近づき方、そして乗るときのコツを、簡潔に教えてくれます。「こんな感じ」と、実際に体で体験させてくれます。

 

そして乗っている間に「もっと〇〇」とアドバイスしてくださいます。何度か繰り返されると、だんだんと「これじゃな」とか、

「ここができていない」とか、わかってきます。

 

初心者は、最初は遊牧民の方が馬を引いてくださいます。様子を見て、「この人はひとりにしても大丈夫」と思うと、引いている綱を持たせてくれて、ひとりで乗らせてもらえます。「その見極めも、今はできるけれど、最初はできなかった」とおっしゃっていました。

 

教えるという概念がない分野で、新しいことを思いついて実行する発想と行動力は、すごいな、と思いました。これは、今の時代に、遊牧民の文化を後世に引き継いでいくひとつの手段なのかもしれないと思いました。

 

この経験から、いろんなことを考えさせられました。

 

自分ができることと、教えることは違う、というのは、どの分野でもある話かもしれませんね。良い選手と良いコーチは違う、とかね。これは好き嫌いもありますし、向き不向きもあるのかもしれません。

 

みんなが先生になる必要もありませんし、カリスマのように、その人がいてくれるだけで存在が大きな影響を与えることも、ありますしね。人には、それぞれの役割がありますよね。

 

太極拳の場合、先生について習う場合がほとんどだと思いますので、モンゴルの遊牧民の子供のように、ひとりで学ぶことはありません。

 

自分が教えるようになったとき、先生から教わったことは、ひとつの指針になります。わたしの場合、何を大切にしているかという基盤になるものから、教えるときの具体的なポイントまで、広く影響を受けていると思います。

 

それでもやはり、教えるとは、自分なりに開発していくものだと感じます。

 

太極拳は、形ではなく、感覚が大切だからです。感覚は、言葉で表現できる範囲をはるかに超えています。

 

感覚を自分なりにしっくりくる言葉で表現してみるのですが、同じ言葉を同じように理解しないのが、人というものです。たとえば「やわらかい」と言っても、お餅、パン、ほっぺた、いろいろですよね。教えながら「この表現では通じない」と感じることも、あります。

 

そんなときは、違う表現を探します。経験が増えると、ある程度の傾向もわかってきます。〇と言って×をする人は△と言うと伝わりやすい、とか、です。

 

さらに、そのときの時代や環境に合う教え方も、あると思っています。

 

たとえば中国で習うとき、肩とか膝とか体の部位の話は出ますが、〇〇筋とか、〇〇骨とか、解剖学的な言葉がでることはありません。

 

なんといっても、丹田という目で見ることができないものを大切にしている文化です。体を理解するときに、解剖図ではなく、自分の感覚を頼りにしている部分が大きいのではないでしょうか。

 

日本にも、あん摩はありますし、ツボの理解もありますから、文化的に似ているところもありますが、今の時代の日本は、もうちょっと西洋よりのような気がします。場合によりますが、「これは〇〇筋を使う」という方が、伝わりやすいこともあります。

 

人間は、頭でわかると体が動いてくれることもあります。たとえば片足の膝を上げるとき、体の構造を知ることで、一瞬で5僂箸10僂らい高く上がるようになったりするのですよ。すごいですよね。

 

ただし、あまり構造ばかり意識すると、感覚がおいてきおりになり、頭と体がバラバラになってしまいます。

 

言葉で説明するときに、それが自分の感覚から出てくる言葉かどうかで、同じことを言っても、伝わり方が違うと思っています。

 

たとえば、よく言われるひとつに、「足の指で地面をつかむ」があります。習い始めの頃は、指で地面をつかむようにすると思っていました。

 

でも、そうすると、足に無駄な緊張を引き起こしてしまいます。

 

今は、こんな風に意図的に掴むのではなく、”指が自然に勝手に掴む”のだと思っています。

 

アスファルトの上の生活では、靴が欠かせませんが、そのために足が守られすぎて、足裏の能力が発揮されにくい状況になっています。足の指も、縮んでいる人も多いように見えます。

 

足がほぐれて、足の指もほぐれて(=関節の隙間があいて、骨がバラバラに動くようになって)いくと、ある日、指の腹で、くっ、と地面を掴むような動きをするようになります。

 

両手を伸ばしてぺったり机につけると、自然に指の腹で、くっ、と掴む力が生まれせんか?あんな感じです。

 

わたしにこれが起きたとき、「そういえば、中国の先生は、『足指で掴む。ほんのちょっとね』と言っていたな」と思い出しました。あの『ほんのちょっと』は、こういうことなのか、と感じました。

 

足指が自然に掴むようになるためには、とにかく足指を伸ばして、ほぐすことです。そして足は柔かいまま、緊張させず、ぺったり地面につけます。ほぐしていけば、足指の腹が、自分で地面を掴み始める日が、自然にやってくると思っているからです。

 

以前も今も、「足指で掴む」という表現は同じなのですが、中身は全く違います。

 

これで終わりではなく、またこの先「これ!」と思う感覚がやってくることもあるかもしれませんけどね。

 

 

自分のお稽古を深めていくことは、たくさんのものをもたらしてくれます。

 

でも、人に伝えるときには、自分がわかるやり方や表現だけではなく、工夫も必要です。その工夫が楽しいから、教えているのかもしれません。

 

わたしは、こんな風に感覚を言葉にすることも、今の時代や環境、日本で教えるのに合う方法を考えることも、好きです。人の数だけバリエーションがある反応も、「そう来たか」というように、楽しんで受け止めています。

 

以前、気功を教えてくださった先生が「教わるときは、そのとおりにきちんと習う。でも、それを消化して表現するときは、自分なりの表現になっていい。だから、同じ先生に5人の生徒がいたら、5人が教えるときに違う表現になることもある。」と、話してくださいました。

 

消化して、表現していくとき、教えるとき、それには今の時代だったらという要素も、教える対象という要素も、もちろん入ってきます。

 

型があっても、実際にはとっても自由で、オリジナリティあふれるものだと感じています。

 

伝統とは、変わらずに伝えられていくもの、というイメージがありますが、引き継ぎたい大切なことを伝える方法は、時代や環境に合わせて変化していく方が、自然かもしれません。

 

太極拳の場合、型自体が変わっていくこともあります。それは、型を伝えることが大事なわけではないことの現れかもしれませんよね。

 

 

 

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「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

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