14年の間に、太極拳がもたらしてくれたもの

2020.08.12 Wednesday

 

武当三十六式太極拳(Photo by Xie Okajima)

 

太極拳のよいところは、いっぱいあります。

14年やってきて、わたしに起きたことを、駆け足のダイジェスト版で書いてみようと思います。

 

まず体を鍛えます。特に、脚です。

 

カンフー(注:太極拳は、カンフー=中国武術のひとつです)には、動功という動きがあるものと、静功という動かないもの、両方があり、太極拳は動功、站椿功(立禅)は静功に入ります。

 

静功には、静坐という、あぐらで座るものもありますが、割合としては少ないです。

 

現代人は、野山を駆け回ることが普通だった古の時代の人に比べて、体が弱いです。特に脚は、年齢が上がるにつれて重くなる上半身(頭の使いすぎで、頭でっかちになることも含まれると思っています)に対して、どんどん弱くなります。脚を鍛えることで上半身と下半身のバランスが取りやすくなります。

 

この世で生きていくために、脚が強いことは大切です。「地に脚のついた人」と言うと、落ち着いて、しっかり生きている人をイメージしますよね。

 

さらに体を持って生きるとき、不要な緊張に気づいて取り去ることにより、滞りをなくし、めぐりの良い体を作ります。血がめぐり、リンパがめぐれば、体温も上がります。無駄な緊張がないことで、内臓もうまく働きやすくなります。

 

「血がめぐれば気は巡り、気がめぐれば血はめぐる」と言います。

 

気は、元気の気、ですよね。生きていくための活力のようなイメージです。見えないものですし、お稽古では「気を巡らせて」と意識することも、する必要もないと思っていますが、元気がなかった人も、お稽古の後の方には、すっきり元気になるのは、気が巡って活力が湧いたと言えると思います。

 

体から無駄な緊張が取れていく過程で、自分の心のクセにも気づきます。

 

たとえば、立ち方を直して、もっと楽に立てることを経験してもらうと、「ずいぶん頑張りすぎていたんだな」と気づいたり。

 

頑張る力があることは、すごいことです。でもその力は、日常で消費してしまうのではなく、ここぞ!というときに使いたいですよね。

 

人が触れただけで、びくっと緊張して固くなったりする人もいます。素直な反応なので、それがダメなわけではなく、まずは気づくことが大事だと思っています。気づいた後は、不要だったらやめられますし(練習は必要です)、今は持ち続けたいなら、自覚して持ち続ければいいと思います。本人が必要だと思っているのに、無理やりはがしてしまうと、アイデンティティの崩壊になりかねません。成長のスピードや段階は、人それぞれです。

 

そして、体を観察し続けることで、意識と体が結びつくようになってきます。意図したとおりに体が動き、体の様子を把握できるようになります。この意識と体を結ぶ回路が、たいていの人は錆びついていて、思ったとおりに体が動きませんし、体の様子を把握することもできません。バラバラで、連動できない状態です。

 

体を細かく観察できるようになってくると、心の状態も、わかるようになります。心が閉じると、体の緊張として現れるからです。

 

このとき、まずは「心が閉じている」と気づくことが大切です。それからどうするかは、自分の選択です。

 

心は、穏やかな方が良いとされますし、健康にもよいです。自然に怒りを鎮められるならいいですが、無理やり押さえつけたら、いつか爆発します。健康にも悪いです。

 

ここから先は、今、感じている怒りをピンポイントでなんとかしようとするのではなく、意識のレベルを変えて、もっと広い視野から見ていく方がいいです。

 

どうやって?と思いますよね。その段階も、太極拳のお稽古のプロセスに含まれています。

 

太極拳をしているときって「夢を見ているような感じ」と表現されます。日常の意識とは、違います。

 

夜、寝ている間に夢を見るときは、潜在意識にアクセスしていると言いますよね。顕在意識のように通常、自分が認識できる意識では把握していないことも、夢には現れます。

 

ネイティブ・アメリカンの部族は、夢を大切にしていて、朝、起きると家長が家族を集めて、夢解きをするのだと聞いたことがあります。夢を、より真実を知るために大切にしてるのだと思います。もっと簡単なところでは、夢占いもありますよね。

 

太極拳をしているときは、起きて動いていますので、意識ははっきりしています。でも同時に、意識が潜在意識の領域にまで広がっていくので、少しぼんやりしてきます。

 

潜在意識よりもさらに深いところには、世界の普遍的なもの、集合の無意識があります。深く入ると、そこまで行きます。

 

「入静」という状態ですね。心も体も、深く静かな状態に入っていきます。

 

どんな感じかを言葉で書くのは難しいのですが、体も心も、広がりが生まれます。少しぼんやりして、でもはっきりしていて、宇宙にふわふわ浮いているみたいな感覚です。

 

とっても気持ちいいのですよ。

 

実際、体は、見えている限界よりもさらに遠くまで届くような動き方をしていますし、脚で大地を押して頭が天に伸びることで、自分のいる空間が、浮力の効いている空間になり、現実に体が軽く浮く感じになります。

 

太極拳の動きがゆっくりなのは、丁寧にプロセスを飛ばさずにすることもありますが、体感が、浮力が効いている水の中にいるようになるので、自然とゆっくりになることもあります。

 

片足を前に出すときに、猫が歩くように足音が出ないのも、浮力が効いているためです。ひざに負担も、かかりません。

 

そして意識も、(それは心、と言ってもいいかもしれませんが)、自分の体の限界を超えて、広がっていきます。

 

広がっていっても、自分の体から抜けたりしないのは、体がしっかりしていて、地に脚がついているからです。これって、すごく安全な方法なのです。

 

昔、中国で気功が流行ったときに、精神病棟が満床になった話を聞いたことがあります。気功で到達する脳波の状態と、精神的にあぶない脳波の状態はとても似ていて、ちょっとしたことで、コロッと落ちてしまうのだそうです。

 

実際にどんなことが起きていたのかは知りませんが、もしかしたら、体が育っていないうちに、意識が広がってしまうと、そういうことが起きるのかもしれないと思っています。気功が危ないわけではなく、やり方によると思いますし、わたしが知る気功は、脚を使うので、危険だとは感じていません。

 

自分が天地と繋がって、意識が広がっていくと、さっきまで気になっていた日常のことは、ささいなことに思えるようになります。

 

50cm四方の紙の上で見ていた問題が、紙の大きさが1kmになったら、相対的に小さくなりますよね。そんな感じです。

 

怒りがあったとしても、自然と「ま、いいや」と思えるようになることもあります。

 

ですから、何か煮詰まったり、イラっとしたときは、いったんそこから離れてお稽古する方がいいのです。終わったときには、答えや次の行動が、自然と決まっていることも、多くあります。

 

もしかしたら「呼吸は?」と思う方がいらっしゃるかもしれないので、触れておきます。呼吸は、体と心が整ったら、自然と、本来の良い呼吸が戻ってきます。

 

人は、生まれたときに、誰にも教わらずに呼吸を始めますよね。生まれながらにして、呼吸の達人なのです。

 

その呼吸が浅くなってしまうのは、心と体に無駄な緊張があるからで、その問題が取り除けたら、本来の呼吸が戻ってきます。一気に、というよりは、そこから肺を育てたりすることが始まるのですけれどもね。

 

呼吸は、「呼吸法」としてお稽古することもあるようですし、いろいろな取り組み方があるのだと思いますが、わたしが習ってきた方法は、こんな感じで、特に意識したりしません。

 

それでも呼吸は自然と深くなり、7年前には1分7回(吸う、吐く、で1回)だったのが、今は、3〜3.5回くらいです。だいぶ育ちましたよね。

 

 

ここまで太極拳の話だけを書いてきましたが、太極拳だけで、この体と心の状態になるわけではありません。

 

体を育て、意識の広がりを促すために役に立つのが、站椿功(立禅)です。

 

特に腕を前にあげて木を抱えるようにする形の站椿功は、生きていくために必要な筋肉も育てますし、バランスのとり方も育ちます。

 

(站椿功)

 

「辛くて苦しい」とか、「意味がわからない」と、敬遠されがちな站椿功ですが、続けていると、もたらしてくれるものの価値を体感で理解できます。ですから、強制されなくても、自ら進んでするようになります。

 

わたしの場合、今のところは站椿功の方が、意識は深い静かなところに入っていきやすいです。

 

太極拳は動きがある分、気を取られるのか、深さがちょっと浅くなる気がします。

 

それでも站椿功で体を育てることで、動くときに勝手に体がバランスを取って動くようになってきていますし、これからまた少しずつ、站椿功をしているときと同じような状態に行けるのかもしれない、と思っています。

 

 

参考になるかどうかわかりませんが、站椿功をしているとき、わたしが感じていることをひとつ、ご紹介します。

 

朝は、音楽をかけずにすることが多いです。鳥の声とか、夏は虫の声とか、世界は音に溢れているからです。

 

東京の住宅街に住んでいるため、自然音だけではなく、車の音や、生活音もたくさん聞こえます。自転車がキーッとブレーキを踏んだり、子どもが叫んだり、パトカーや救急車のサイレンが聞こえることもあります。

 

めちゃめちゃですよね。

 

でも、体と心が静かな深い状態に入っていって、意識が広がっていると、このすべてが調和の中にあると感じられます。ふつうだったら嫌な音も、全く気になりません。

 

不思議でしょ。不思議だけど、そうなのです。

 

もう一つ、例をあげます。

 

放松功(ファンソンゴン)という、二人一組になってするお稽古があります。一人が腕を下した站椿功の状態で立ち、もうひとりが、あちこちから押したり引いたりして、立っている人の無駄な緊張を探していきます。

 

このとき、くすぐったり、爪でつねったりすることもあります。最初は、びっくりしました。

 

普通の意識だと、当然、くすぐられたら笑ってしまいますし、つねられたら痛いです。

 

でも、体と心が深く静かな状態に入っていると、わりと平気なのです。爪の跡がつくくらいつねられても、平然としていられます。

 

外で起きていることは同じでも、自分へのダメージは、全然違うのですよ。

 

 

こんな風に、意識が広がっていくと、ものごとや問題のとらえ方も、おおらかで気楽になりますが、それだけではありません。

 

潜在意識や、その先の集合無意識に入っていくということは、自分の本質に触れに行くことになります。自分の本当の願い、何のために生まれて、何をして生きていきたいのか、に触れにいきます。

 

人生は選択の連続ですが、自分の本当の願いがわかっていると、望ましい選択をしやすくなります。

 

集合無意識にもつながっていくので、自分の動きが、宇宙の動きと呼応するようになります。流れに乗るというのは、こういう感じだと思います。

 

わたしの場合は、たとえば星占いとか運勢を、先取りして行動するようになってきました。「今年はこんな年になりますよ」と言われる前に、それがすでに起きているような感じです。「そうだよね」という答え合わせみたいになってきます。

 

カンも、適当ではないような気がします。

 

もちろん大変なことも起こりますが、それに振り回されるのではなく、自分の人生の舵を、いつでも取っている感じです。静かな海でも、突然の荒波でも、です。

 

いつでも舵を取っていられたら、自分への信頼も育ちます。

 

この体を持って、この世界で生きていくことが、より、嬉しく楽しく感じられるようになります。

 

もちろん、常に安定しているわけではなく、揺れている中でバランスを取り続けているようなものなので、ぶれるときもあります。でも、相対的には、10年前よりもずっと楽に、望むように生きられていると思います。

 

 

ざっくり14年の間にもたらしてくれたものを書いてみましたが、抜けているものもあるでしょうし、扇や剣などの武器を使う経験や、八卦掌や形意拳での経験も、ここにでは触れていません。書ききれないほどの経験や気づきは、どれも大切なものです。

 

何かができるようになることよりも、そのプロセスを歩んで経験していくことが、生きることを豊かにしてくれると思っています。

 

出会いと、師匠たちと、友人たちと、生徒さんと、環境と、そして運に、心からの感謝を。

 

大変な時期もありましたが、いつも楽しく努力を続けられたことは、大きな喜びです。

 

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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    心の傷

    2020.08.11 Tuesday

     

     

    (Photo by Xie Okajima)

     

    よく言われることに、「いつも穏やかそう」というのがあります。「怒ったりとか、しなさそう」に見えるのだとか。

     

    実際、わりと気が大きいというか、おおらかな方なので、「ま、いっか」と流せることも多く、その印象は嘘ではないと思います

     

    でも、ここに触れたときはダメ、というところもあります。

     

    ここ数日、受けていた講座の影響もあるのか、だいぶ敏感になっていて、心の傷が浮上しやすくなっていたようです。ちょっとしたことでも、そこに触れたと自分が感じると、イラっとするのです。

     

    最初は、その傷が何かわからなくて、イラっとする自分を扱いきれず、久々に自分が嫌になったこともありました。それまで、よく感じていた「わたしがわたしであることが、嬉しくってたまらない」なんて、嘘じゃないか、と思ったりしました。

     

    実際には、嘘ではなく、「嬉しくってたまらない」と感じたときは、そのとおりで、「嫌だ」と思ったときも、その瞬間ではそのとおりで、時間が違うその2つを、一緒にすることが間違っていますけどね。人間の頭の間違った使い方です。

     

    こういうときは、感情に流されていかないように、意識を体に戻して、自分の中心に戻す対処法があります。わたしの場合、日常的にやっている站椿功で、たいていのことはクリアできるのですが、今回は、それよりも傷の方が大きかったようです。

     

    さて、どんな傷かというと、「愛を受け取ってもらえない痛み」です。

     

    誰かに喜んでほしくて、とか、誰かのために、とか、誰かにかけた思いや心を、行動に移しても、その思いを受け取ってもらえないと感じるときです。けっこう幼い頃から、感じていたことです。

     

    子どもって、そういうものなのか、もしくはわたしがそうなのか、周りの人に喜んでほしくて行動することも多いですよね。

     

    でも、期待したほど喜んでもらえなかったりすると、だんだんと素直に、その気持ちを素直に表現したり、行動することが、できなくなります。

     

    「わかってもらえない」寂しさもあり、自分の気持ちを素直に見せることにも、消極的になっていきます。

     

    誰が悪いわけでもなく、この世で個として生きるとき、反応は人それぞれで、うれしいことも人それぞれ、なだけなのですけどね。

     

    わたしの場合は、わたしなりの正義感が強いというのか、理不尽だと思うことを、そのままにしておくことができなくて、

     

    周りと違う意見を言ったり、反発したり、悔しくて泣いたりを、30代になっても繰り返していました。やっかいですよね。

     

    受け取ってもらえない痛みの矛先は、だんだん自分に向いていきます。

     

    「みんな、うまくやっていられるのに、わたしだけができないのは、きっとわたしが悪いのだ。」とか、

    「わたしがもっと、おおらかになれればいいのだ」と思ったりもしました。

     

    これって、「ねばならない」ですよね。無理やり変えようとすると、さらに負担がかかります。試しに、反発したいときも、ぐっとこらえて我慢してみたのですが、当然の結果として、たまった怒りが爆発しました。

     

    しばらくそれを続けたときに、「もうダメだ。これではやっていけない」と思いました。

     

    ふり返ってみると、どうやってもダメなのだと腑に落ちるまで、やり切りたかったのだと思います。そういうところ、あります。徹底的に自分で経験しないと、納得できないのです。

     

    それから、自分がどう生きていきたいのか、問いかけたときに出てきたのは、それでも周りに「愛している」と言って生きていきたい、でした。

     

    この流れだけ見ると、「え?懲りてない?」と見えるかもしれませんが、実際は、その言葉がするっと下りてきて、素直に受け取っただけです。

     

    ここで、思ったことを素直に表現するところまでは取り戻しましたが、それをした結果、やっぱり受け取ってもらえないことは起きて、さんざん泣いたりもしました。

     

    それでもだんだん、「自分が思ったとおりに、素直に行動できたら、それでいい」と思えるようになりました。相手の反応は、相手の自由だと気づいたこともあります。

     

    傷ついたと感じる大きな理由は、相手が自分が思ったとおりに受け取ってくれないから、です。でも、そもそも相手の反応まで期待するのは、自分勝手ですよね。「相手のために」みたいな、いい人っぽいふりをしながら、相手を好きなようにコントロールしようとしているのと同じです。

     

    向こうからみたら、勝手におせっかいを焼いて、勝手に怒っている、みたいな感じですよね。始末が悪いです。

     

    これに気づいたとき、「これからは、とにかく自分がしたいことだけをしよう」と思いました。

     

    「この人に、これを伝えたい」と思ったら、その通りにするだけです。シンプルですよね。

     

    もちろん受け取ってくれたら嬉しいですが、スルーされても、怒らせてしまっても、自分がしたいことをしただけなので、そこは引き受けられます。

     

    自分を責めずに、「仕方ない」と、自然に思えるようになります。多少の悲しさはあったとしても、です。

     

    中には、思ったことがあっても、「今は言いたくないな」と思うと、そのままにすることもあります。

     

    何を伝えくて、何を言わないかは、頭で考えるとダメで、自分の深いところにつながったときのカンみたいなものなのですが、わたしの場合、それは太極拳のお稽古を続けることで、訓練されたと思っています。

     

    太極拳って、体を整えて、健康にするだけではないのです。通常、自分で自覚している顕在意識から、自覚していない潜在意識まで意識を広げていって、さらにはその先に広がる宇宙の普遍的なものにまで広げていくことで、自分が何のために生まれて、どう生きていきたいのかを、感じられるようになっていく深さがあります。

     

    これができるようになったことで、理不尽さやに怒ることも、わかってもらえない悲しさも、極端に減りました。

     

    もっともらしい表現でいうなら、「自分を尊重できたら、人も尊重できるようになった」と言えますが、後付けですよね。こういうものは、How toとかメソッドではないので、目の前に来たものを自分で体験して、乗り越えていくしかありません。言葉にすると薄くなっちゃう、と思いつつ、言葉で表現するしかないのが、もどかしいです。

     

    もうひとつ大きなことは、相手の言葉や行動を、その言葉通りとか、表面に見えているとおりに受け取らなくなったこともあります。

     

    言葉の使い方が下手な人って、いますよね。そんなつもりはなくても、誤解されて、相手を怒らせてしまったり。

     

    わたしも、言われたときに、一瞬ぎょっとすることはありますが、同時に悪気がないこともわかります。見えていない奥にあるものを見るのは、わたしの特性のひとつかもしれません。

     

    そもそも、日本語が話せたら共通言語がある、と思うことが、間違いです。

     

    教えていると思い知るのですが、「あ」と伝えても、「はあ」と聞こえる、みたいなことは、よく起きます。同じ言葉でも、それにこもっているものは、それぞれの生きてきた道によって違います。

     

    そんな経験をたくさんすると、伝わらなくても、いちいちイライラしなくなります。頭を抱えることはあっても、そこに怒りと批判の感情はなく、伝えたいなら、どうやったら受け取ってもらえるのか、工夫しようと思いますよね。

     

    教えることを選んで、良かったです(笑)。

     

    その結果が、今よく言われる「わりとニコニコわりと、穏やかな印象」につながるのかもしれませんが、

     

    それだけに、今回のイライラは、ちょっとショックでした。まだまだだったのだ、と。

     

    ただ、今だけの反応ではなく、昔からある傷に反応しているのだと気づいたことで、少しすっきりしました。

     

    では、どうしたいか。

     

    思いの行き場がないから、イライラしているのであれば、自分で受け取ってしまえばいい、と思ったのです。

     

    自分が受け取ったら、そのまま宇宙に流れて回っていくような気がしたのです。

     

    上手く言えませんが、時間も空間も、ピンポイントではなく、広く見ることができたら、ものごとの違う面が見えて、受け止め方が変わることもあるような気がします。

     

    そして、今ではないにしても、巡り巡って、いつかは伝わるかもしれません。

     

    もっと言うなら、怒ってもいいですよね。自分がそうしたいなら、です。そこには、自分の大切にした思いがあるわけですし。

     

    「怒りで伝えなくてもいいでしょ」とか、「怒りは怒りを呼ぶ」というのは、実体験でも、太極拳の疑似体験でも、山ほどしていますが、

     

    それでも、自分の素直な心は大切にしたいと思っています。わたしは、わたしの一番の味方なのですから。

     

    今回のイライラは、まだまだだなあ、とか、学んでいないなあ、と思ったりもしましたが、

     

    それでも、いい。大切にしたいことを、またあらためて確認して、あきらめないで、前に進めれば、それでいいのだから。

     

    (イライラモードからは、もう抜けました。)

     

     

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      広島・長崎原爆と、終戦記念日に思うこと

      2020.08.10 Monday

      (Photo by Xie Okajima)

       

      8月は、6日が広島原爆の日、9日が長崎原爆の日、そして15日に終戦記念日ですね。今年は75年目になります。

       

      戦争を知らない世代ではありますが、武道をする者として、思うことがあります。

       

      もともと、この世は調和に満ちた世界でした。

       

      もともと、とは言っても、たとえて言うなら、アダムとイブが知恵の実のリンゴを食べる前くらいのイメージです。

       

      宇宙の根源(=太極)は、すべてがひとつで、調和がとれています。そこから生まれたこの世も、はじまりは、調和がとれていたのだと思います。

       

      でも、ある欲望を持った人が、闘争の手段を考えて、世界には、搾取する側とされる側が生まれました。

       

      社会の不平等は、この世の始まりからあったものではなく、人為的で不自然です。

       

      失われた調和を取り戻して、自然(自ずと然り)に戻る修行法として受け継がれてきたものが、武道です。

       

      武は、「戈を止める」と書くように、戦うためではなく、終わらせるためのものです。

       

      日本でも、もともと兵法は平法であり、平和や調和を模索するためのものだったそうです。

       

      平時、つまり日常と、戦時とを区別することなく、平時はもちろん、戦時でも常に調和を模索します。

       

      それはちょうど、宮崎駿監督の映画「もののけ姫」で、アシタカが、争う人たちに「共に生きる道はないのか?」と問い続けることと、同じです。

       

      どちらかが勝利したら、一時的に平和は訪れるように見えるかもしれませんが、それは搾取する側が、搾取される側を抑えただけで、調和ではありません。いつか立場が逆転するときも、きます。

       

      欲望があるのが人間で、それが引き起こす争いは、完全になくすのは難しく、

       

      大きなものの前に、個人の力など微々たるもので、絶望的な気持ちになったり、流されそうになったり、あきらめそうになることもありますが、

       

      それでも、共に生きる道を模索しようとすることが、希望の光になる気がします。

       

      そして、個が平和を取り戻せば、まわりの、そして国の、世界の安泰につながります。

       

      まずは、自分の平和から。

       

      言うは易し、行うは難し、あっという間に、ちょっとしたきっかけで外れてしまうから、お稽古は、ずっと続きます。

       

      自分の体を感じて、生きる喜びを感じること。

      でも、その体は、ちょっとしたことに反応して、硬く閉じること。

      その体で、人を傷つけてしまうこともできること。

      何かを恐れて、自分を守ために心を閉ざして、人との間に溝を作ってしまうこと。

      武道をしていると、そんな自分を知ることになります。

       

      深く静かな状態に入っていくと、個を超えた広がりと調和があることに気づきます。

      それは、自分の内にあることも、知っていきます。

       

      小さな自分が、大きなものにつながっていることも、知ります。

       

      天地と繋がる自分の中心軸を守り、

      体を緩めて心を開けば、

      人との溝をなくすこともできます。

       

      時間がかかることもありますが、

      共存への道を探ることも、できます。

       

      小さな自分でも、体を持って生きる限り、できることはあります。

       

      平和のために祈ることは、大切です。

      忘れないことも、大切です。

       

      でも祈るだけ、忘れないだけではなく、人には行動としてできることがあります。武道は、その行動のひとつになり、自分の基盤を作ってくれます。基盤は、自分への信頼になります。

       

      これからのために、日々、コツコツと続けることが、平和を守力になると信じています。

       

       

      参考図書:「老子と太極拳」清水豊著 BNP出版

      このブログは、第53章を読んでいて共感したことをもとに、書きました。

       

       

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      「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

       

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      いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

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        受け取ってもらえてこそ

        2020.08.05 Wednesday

        (Photo by Xie Okajima)

         

        7月1日から始めた企画、「21日間チャレンジ・ザ・もも上げ」が、先日、無事に終了しました。

         

        いよいよコロナの影響が長引きそうで、少し落ち込みぎみだったとき、「何かを見て胸が痛み、自分の無力感を感じるときにすることは、こんなわたしに出来ることは何だろうと考えて、小さなことを実行する」というメッセージを見て、

         

        思いついた企画でした。

         

        始めるときに決めていたのは、

        ・21日間 もも上げをする

        ・Facebookに非公開のグループページを作る だけでした。

         

        思いついたのが、前日の夜11時半で、そこから「一緒にやりたい人!」と募集して、企画を走らせながら、構成を考えて、運営するという、まさに即興企画でしたが、

         

        全く新しいものではなく、引き出しを開けて、それを組み合わせたり整理して出していく、みたいな感じでした。意外と、普段のクラスと同じですね。

         

        無料で参加しやすかったこともあると思いますが、合計28名でのチャレンジになりました。

         

        みなさんの感想を見ていると、

         

        続けられたことが自信になったり、

        体幹がしっかりしたり、

        体のバランスが整ったり、

        続けた自分を「えらい!」とほめることができたり、

        短い時間でもできることはある、と気づいたり、

        気が上がっても、それに気づいて落ち着けるようになったり、

         

        そのほかにも、体や心の状態、変化に気づいたり、と、いろいろな発見がある時間だったようです。

         

        「大事なのは、笑顔でやり続けること」という点ををちゃんと聞いてくれて、笑顔の良さを感じてくれた方々がいらしたことも、うれしかったです。

         

        笑えたら、なんとかなります。ホントです。

         

        もも上げは、たたみ半畳くらいのスペースで、100回なら1分くらいでできます。見た目に単純な動作です。でも単純な動作こそ、やり方によって結果は大きく変わっていきます。

         

        意識することが変われば、体感は変わって、結果も変わる、という体験をしてほしくて、毎日「今日のポイント」という短い説明を、言葉や動画で配信することにしました。

         

        ポイントは、1日にひとつずつにしました。

         

        どんなにいいことを伝えても、それが多すぎると、受け取れないものだからです。

         

        ポイントを小出しにするのは、伝わりやすかったようで、みなさんからのコメントを読んでいても、今日のポイントを意識しないときと、意識したときの違いを感じてもらえている印象でした。

         

        そして、リアルに会わない中で、どれだけ一緒にやっていることを感じてもらえるのかも、ひとつのチャレンジでした。

         

        ほかの人の存在を感じる助けになればと思って、みなさんの写真とお名前が一覧できる表を作ってみたりしました。

         

        終了後のアンケートを見ると、「みんな一緒だったから頑張れた」という意見が多く、それなりにつながりを感じてもらえたのかな、と思っています。これは、みなさんの取り組み姿勢のおかげだと思います。拍手!

         

        参加者の中には、今日の体の感覚や、質問、コメントをたくさん書いてくださる方も、いらっしゃいました。

         

        「みなさんのコメントがよかった」という声も多く、みんなでチャレンジする良さだと感じます。

         

        今回は、参加の仕方は自由でいいと思っていて、積極的でも、おとなしくてもいい、としていましたが、実際にやってみると、コメントや質問は、すればするほど、いいです。

         

        まず、対面ではない中で、みなさんの様子を知るための大きな助けになりました。実際の動作や体を見ていなくても、それなりにわかるので、個別に細かくアドバイスをすることもありましたし、質問の中から、みなさんと共有したいものは、後日の「今日のポイント」で取り上げたりしました。

         

        コメントしたご本人にとってもいいですし、他の方の助けにもなりました。わたしから一方的に「今日のポイント」を出し続けるよりも、参加者さんのコメントから拾ったものを入れていく方が、臨場感があって、楽しいですよね。

         

        自分が頑張った体験をシェアすることは、他の人の助けにもなるし、他の人を動かすことにもなります。それも感じてくれたら、「誰かの役に立とう、と考える前に、とにかく自分がすべきことをして、その体験をシェアするだけでいい」と気づくこともできるかもしれません。

         

        さらに、コメントを書けるということは、それだけじっくり、自分の状態を感じることでもあります。

         

        それは、わたしが普段から大事にしている「感覚を育てる」ことにもつながります。

         

        単純な動作だからこそ、ただ「やる」ことに集中してしまうのではなく、ここ意識したら感覚はどう違うのか、それを感じる力を、芽生えさせたかったのです。

         

        あまりに忙しすぎる毎日だと、こなすために、感覚を麻痺させていることもあります。それが絶対にダメなわけではないのですが、行き過ぎると、自分が今どういう状態なのか、どう感じているのか、その感覚まで麻痺したり、薄くなったりします。

         

        そうすると、今のように、どうなっていくのか不安がある中で、個人で選択をしていくしかないようなとき、どうしたらいいかわからず、強い人の意見に翻弄されるようなことになりかねません。

         

        ここで言う「感覚」って、何でしょうね。

         

        教えていて、そして自分でやってきて思うのは、たいていの人は、意図や意識と、体がつながっていません。「こうしたい」と思ったとおりに、瞬時に体が反応せず、体の状態を自分で把握する力も弱いのです。

         

        生き抜くためには、必要な筋力をつけることも大事ですが、それとは別に、意図や意識と体がつながることも、大事です。

         

        もも上げのような単純な動作でも、この両方の力をつけていくことは、できます。

         

        体をしっかりさせたいときに、そんなに大げさなことを考えなくてもよくて、そのかわり、やり方のコツをつかんで、コツコツ続けることは、必要です。

         

        その日の感想をコメントで書くことは、意図や意識と体をつなげていく練習になります。アドバイスもあるので、さらにそれは深まります。

         

        今回は、おとなしめの参加でも、それを尊重してみました。ただ、あまりにおとなしく、やっているかどうかわからない人には、個別にメッセージを送って、様子を聞いてみることもありました。でも次にやるときには、もうちょっと積極的にコメントを書いてもらうようにしようかな、と思っています。

         

        深く参加した分、得るものは多いです。満足感も、深まります。これも、やってみないとわからないことですよね。

         

        さらに、質問がきても、そのまま答えないこともありました。「どの時間帯にするのがいいでしょうか?」みたいな質問です。「自分でやってみて、いい時間を選びましょう」です。一応、参考までに「わたしの場合は」と付け足したのは、わたしがちょっとチキンだったかもしれませんが、次からは、参考として答えるのも、やめようと思います。本人の考える意欲を、邪魔してしまうからです。

         

        「わからない」→「聞く」ことが、すべてではありません。ケガにつながりそうなものは、すぐに回答しましたが、そうでないものは、自分で感じてみることが先です。

         

        本や人の話を読んだり聞いたりするとき、いつも思うことがあります。体のことって、どれが正解か、わからないことも多いのです。心のことも、そうですよね。同じことについて、いろんな人が、違う意見を言っています。どれを信用していいのか、わかりませんよね。でもそんな中、本人の体験に基づく感想や感覚を書いてくれている場合、話してくれる場合は、必ず役に立ちます。それが自分の体験とは違っても、です。

         

         

        悩んだことも、あります。

         

        もも上げの回数は、おすすめを100回として、自分で設定してもらっていました。

         

        個人差がありますから、自分に合う回数を選ぶ体験をしてほしかったからです。他人に与えられるのではなく、自分で選んで、感じていく、という体験です。

         

        わたしが300回に設定したせいもあるのか、最初の頃、回数を伸ばすことに、やりがいを感じている方が出てきました。

         

        これは、想定外でした。(想定など、そんなものです)。

         

        回数を伸ばすのは、例えば50回でスタートした人については、最低でも100回できるようになってほしかったため、しばらく50回でやって、できそうなら60回にして、と、10回ずつ伸ばすことをおすすめしていました。

         

        最初から100回以上の人は、回数は固定したまま、その日のポイントを意識することで、体感がどう変わっていくかを、感じてほしかったのです。

         

        わたしが見ている視点(継続する力と、体力と、感じる力を育てたい)と、みなさんの視点(もも上げを続けること)の違いですよね。参加者のみなさんに、何か落ち度があるわけではありません。そんなものです。

         

        回数が伸びたことを楽しそうに報告してくるのを読みながら、悩みました。開始したときに、目的まで説明していないからです。

         

        でも、全体が「回数が多い方がいい」という方向に流れていくのは、どうしても避けたかったからです。

         

        体力がついて、回数が伸びていくのは、いいと思います。

         

        でも、回数ばかりに気を取られると、動作が雑になることもあります。競争も生まれます。育ててほしい感覚は、さらに麻痺します。終わってバタンキューみたいにもなりかねません。実際、「終わった後、いつもやっている運動をやったら、くたびれすぎてできなかった」という感想もあり、それでは本末転倒です。

         

        ただ、「できない」という経験をすることで、「これはやりすぎではないだろうか?」と気づくこともできるので、いい経験ではありますけどね。

         

        人それぞれ、自分に合ったレベルがあります。それを自分でわかってやっていくことが大事だと思っていて、それぞれ合っているなら、Aさんの100回と、Bさんの300回の価値は、変わりません。

         

        そして、くたびれるような充実感は、やりすぎであることにも、気づいてほしかったのです。

         

        たいていの人は、やりすぎます。そんなにしなくても、十分やれているのに、やりすぎる=充実感=がんばっているわたし、みたいに思ってしまうのです。

         

        わかります。わたしも、そんなときがありました。でもこれは危険で、やり切っている充実感がない=サボっている=ダメなわたし、ということにもつながります。

         

        どうしようか悩んだ末、ここは譲れないと思い、6日目に「見える回数よりも、見えない感覚を育ててみよう」と、今日のポイントの中で、切々と、熱を込めて、メッセージを書きました。書いてよかった、と思っています。

         

         

        今回、わたしもいろいろな体験をさせてもらいました。

         

        大きかったのは、「どんな役に立つ知識や智慧でも、受け取ってもらえなかったら、意味がない」ことです。

         

        これまで、太極拳でも、準備体操にあたるような動作についても、「どうやるか」というやり方は、とても大事にしてきました。自分で練習するときもそうですし、教えるときも、です。

         

        そうでないと、見た目の形に騙されて、麻痺した感覚をよみがえらせることもできません。一生懸命やればやるほど、体を壊すリスクも高くなります。競争にも発展します。

         

        対面で、一緒にやるという環境は、受け取ってもらいやすい環境です。一緒にする期間が長くなるほど、生徒さんも感覚をつかむことに慣れてきます。

         

        でも、今回のように対面ではない場合、受け取れるかどうかは、対面にくらべて、参加者さんの姿勢にゆだねる部分が大きくなります。

         

        それを「それぞれでいい」とするのか、「もっと受け取ってほしい」と思うのか、わたしはどうしていきたいのか、考える機会になりました。

         

        強制ではなく、自分で取りに行く自主性は、尊重したいです。手取り足取り指導したいわけではありません。

         

        でも、やっぱり「もっと受け取ってほしい」です。

         

        それなら、わたしから、もっと努力できること、工夫できることがあるのでは、と思っています。それはきっと、対面でも同じです。

         

        具体的な策があるわけではありませんが、心の方向性が決まったら、自ずと、やることは変わってくるのではないかしらね。

         

         

        21日間チャレンジは、また内容を変えて、やってみようと思います。次は、美しく立つ(站椿功、立禅)とか、生き抜くための脚力をつけるスクワットがいいかな、と思っていますが、腕ふりのスワイショウもやってみてもいいな、と思っています。

         

        個別アドバイスも入れたいので、次回からは有料にしますが、そんなにハードルが高くない価格設定にして、今度は事前に内容もふくめてご案内を出そうと思っています。

         

        わたしにとっても、ひとつのチャレンジとなり、とてもいい経験でした。一緒でなければ、できなかったことです。みなさま、ありがとうございます。

         

        人は、ひとりでは生きていませんね。

         

         

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          はじめての藍染め

          2020.08.01 Saturday

           

          (ムラ染め、お披露目の瞬間。楽しい顔って、こんな顔。)

           

          なかなかお出かけできない今、(正しくは、太極拳を教える仕事を最優先にしたいので、それ以外のときは、おとなしく過ごす選択をしています)、とっても楽しみにしていたことがあります。

           

          はじめての、藍染めです。

           

          前からやってみたかったのですが、ひとりでやるには、準備とか後始末とか、ちょっとハードルが高そうです。そんなとき、お友達のお店、Ayahavela アヤハビラで、先生をお招きしてワークショップをしてくれるというので、うきうきお申込みしました。

           

          綿や絹などの天然素材なら染められるということで、当日まで何を染めよう迷い続け、

           

          選んだのは、

          ・ビワコットンのナイトウェア 

            ←濃いピンクと一緒に洗ってしまい、どんなに洗ってもお腹に薄ーくピンクが残ってしまった。

           

          ・白いブラウス 

            ←お気に入りなのだけど、経年劣化(?)で、漂白しても蘇らず。

           

          ・ビワコットンのマスク 

            ←今だからこそ。

           

          ・パンツ(アンダーウェアです) 

            ←藍染めのキャミソールとお揃いにしたかった。

           

          最低2つ、時間があれば3つできるということでしたが、マスクとパンツが小さいので、全部できました。

           

          教えてくださったのは、Blue Earthの藍染作家、さやかさん。生まれ育った北海道伊達市が藍葉の産地で、藍染めは、幼い頃から身近だったそうです。現在は、世田谷でワークショップや展示を開かれています。

           

          最初に、いろいろな藍染の素材のお話、だいたいの手順、いろんな染めの方法などを教えていただきました。

           

          単色染めは、濃紺から薄めの水色まで、染め時間を調整することで選べますし、グラデーションもできます。絞り染めやラインなど、模様を入れることもできます。ムラ染めといって、全体に模様を入れることもできます。

           

          それぞれどんな風に染めたいか決めるのですが、ナイトウェアは、「ムラ染め!」→「やっぱり単色」→「大きな絞りをいれようかなあ」→「やっぱりムラ染め!」と、さんざん迷いました。ドキドキします。

           

          絞りは、竹串でとんがりを作ってから、輪ゴムで留めていきます。輪ゴムのところは染め液がつかず、白く残ります。白いラインを入れたい場合は、じゃばらのように布を折りたたんで、太めの輪ゴムで留めます。

           

          白抜き意外にも、染めの途中で輪ゴムを外すことで、薄い水色にすることもできます。

           

          絞りの準備ができたら、ここから単色染めと絞り染めの手順は、同じです。

           

          藍染液に、空気が入らないようにじゃぼっと漬けて、桶の中でもみもみします。生地が厚くなっているところにも色が入るように、重点的にもみもみ。空気に触れないように注意します。

           

          漬け時間と回数は、どのくらいの濃さにしたいかにもよりますが、2〜3分×3〜4回くらいです。

           

          (腕が染まらないように、長いゴム手袋をします。左の方が、染め液でもみもみしています。)

           

          時間がたったら、ぎゅぎゅっと絞ります。しろうとさんは、この絞りが苦手らしいのですが、わたしは先生に一発OKをいただきました。普段のお稽古の成果は、こんなところにも活かされます(笑)。

           

          (ぎゅぎゅっと、たくましく絞ります)

           

          そしてしばらく、空気にさらします。それで色が定着するのだとか。

           

          乾くと色は薄くなるので、出来上がりを予想しながら、染める時間や回数を決めていくのですが、素材にもよりますし、きっちり予想はできません。なんとなく、あとは天に任せた!みたいな感じです。

           

          (ブラウスのBefore)

           

          (2回染めた後。実際には、もうちょっと薄く、落ち着いた色になりました)

           

          ムラ染めは、乾いた状態で、小さな渦を作っていきます。それを格子状のものに挟んで、じゃぽっと藍染液に入れるだけ。もみもみも必要なく、入れっぱなしで、出すだけでした。

           

          (ムラ染めにすべく、真剣かつ、いい加減に、ねじねじを作る)

           

          淡いブルーにしたかったので、染め時間も回数も少なかったです。

           

          どんな模様になるのか、ドキドキしながら、いざ、開くと...

           

          こんな風に、空と雲みたいな模様になりました。うれしい。

           

          染めの作業の楽しさは少ないですが、出来上がりの楽しさは、格別です。

           

          このナイトウェア、もとは生成りで、着心地もよくてお気に入りなのですが、色写りしてしまってから、捨てるのも忍びなく、でも着るときにちょっと悲しく、(おうちウェアだから、着るのですけれども)、という一着だったのです。

           

          素敵によみがえってくれて、うれしかったです。まだまだ着ますよ。

           

          染める方法を知っていれば、シミや黄ばみで「もうだめかな」と思った服でも、生地がしっかりしていれば、生まれ変われますよね。白い服を選ぶことにも、抵抗がなくなります。

           

          お気に入りの服を、大事に楽しく着るための智慧でもありますね。

           

          わいわいと、みなさんの工程も楽しんでいるうちに、あっという間に4時間が過ぎていました。

           

          わたしは、職人さんっぽく集中して何かしたいときもありますが、これは一緒にやる方が楽しそうです。(そしてやっぱり、準備とお片付けが大変そうなので。)

           

          最後は、お水を3回代えて水洗いしてから、お持ち帰りです。おうちで陰干しして、色止めのために洗剤で洗います。まだまだ、色は出ます。

           

          藍染めは、着ると色が肌に移ってしまったものもあったのですが、これは色は移りませんでした。しばらく、お洗濯のときは注意ですけどね。

           

          ああ、楽しかった。

           

          こういう時間は、とっても大切です。

           

          みんな一緒にするのが、楽しい。

           

          みなさん、ありがとうございました。

           

           

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               武当三十六式太極拳をいくつかに分けてご紹介します。「その1」は、
               第1式〜第10式です。詳しくは
          こちら
           
          ≪立ち方編≫
               地に足をつけて、自分らしく生きるための基盤を作ります。≪入門編≫の「基本編」第1講の単発講座。太極拳をしない方にも。詳しくは
          こちら

           

           

          【8月の特別クラス】

            8月 2日(日)10:00-11:30 「みんみんの ぽかぽか陽だまり太極拳」(茅ケ崎市)詳細とお申込方法はこちら

           

            8月 6日(木)10:00-11:30 「八郷のやさしい太極拳」(つくば:石岡市)詳細とお申込方法はこちら

           

            8月 9日(日)14:30-16:30はじめての形意拳」(九品仏)詳細とお申込方法はこちら

           

            8月16日(日)14:00-16:30「たのしい太極扇」(九品仏)詳細とお申込み方法はこちら

           

            8月23日(日)14:00-16:30 「ホントにはじめての武当太極拳・気功(池尻大橋)詳細とお申込方法はこちら

           

            8月30日(日)14:00-16:30  「やさしい站椿功」(池尻大橋)詳細とお申込み方法はこちら

           

           

          「陽だまり」とは

          「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。人が集って、一緒にお茶でも飲んでなにげない話をして、ほっとする場所でもあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

           

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          いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

          太極道家

          講座のご案内は、こちらから

           


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