花が咲くには、タイミングがある

2019.11.15 Friday

 

(武当山)

 

陰と陽は、質の異なるものがお互いに補完にしあって、ひとつの現象を作ります。

 

たとえば、天地、男女、上下、動と静、昼と夜、などです。

 

どうでもいいことかもしれませんが、実例の順番が陽陰になっているのは、ちょっと興味深くありませんか?

 

わたしの理解では、陰がベースで、その上に陽が成り立っているのですが、静かな人より活発な人が目立ちやすいように、現実で目立つのは陽が多いかもしれませんよね。太極拳の動きでも、陰よりも陽の動きが目立ちます。そんなこともあって、陽を先に書くことが多いのかもしれません。

 

でも、太極拳でも大切なのは、見た目に目立たない陰です。

 

天地創造の1日目も、闇が広がっている中に、神さまが光を作ったと書かれています。

 

闇がないところに光は作れないように、静寂がないところに、喧噪はありません。陰のないところには、陽は育たないのですよね。

 

陰陽は、片方だけでは成り立たちません。太極拳でも常に陰と陽が同時に存在し、陰と陽が転換する中で、バランスをとりながら活動が進んでいきます。

 

でも現実世界は、そうでもありません。たとえば1日は昼と夜に分かれていたり、人間は男女と個体が分かれています。季節だって、夏は陽ばかりですし(老陽)、冬は陰ばかりです(老陰)。

 

今この瞬間をとらえたとき、片方しか見えないときもあります。これって、どういうことでしょうか。

 

ちょっと話は飛びますが、その昔、英文学で「運命」を研究テーマにしたことがあります。

 

神さまの世界には時間と空間がないから、すべてが見えています。つまり神さま側から見ると、運命は決まっています。

 

それでは運命の前に、人はどうすることもできないのか、と思ってしまうかもしれませんよね。

 

そうではなく、人間の世界には、時間と空間という広がりがあるため、その広がりの中(隙間)で、自由意思を行使できる、という話は、今でも深く心に刻まれています。

 

時空を超えるテーマを扱った映画の「インターステラ―」とか、「君の名は。」などを観るときに、心がすごく動くのは、すべてが同時に存在する、見えない世界に触れるからかもしれません。

 

上記では神さまの世界、と書きましたが、太極(すべてのひとつの源、陰陽の母)とも、あの世とも言えますし、老子はこれを道、と呼んでいます。呼び名がないと不便なので、ことばを当てているだけですから、自分に抵抗のない呼び名でいいと思います。

 

陰陽の話に戻ると、時間と空間の広がりのある、現実のある瞬間で見たときに、片方しか見えていないこともあるのだ、とも考えられます。

 

陰と陽については、陰をネガティブにとらえる場合もあるようです。辛い時期を闇になぞらえて、「闇が深いほど光も大きいはず」と言う方がいたり、夜の公園は陰気に満ちているから、あまり行かない方がいい、という方もいます。

 

人それぞれの感覚だと思いますが、わたしは陰とか陰気を、悪いものと捉えていません。

 

夜の公園にしても、そこで静かなパワーを充電するという人もいますし、わたしも中国にいるときは、夜の真っ暗な中で、站椿功をしていました。いいものです。

 

ただ、それが居心地悪いと感じる方は、止めておいたほうがいいと思います。

 

「闇が深ければ光も大きい」も、闇があるから、夜はぐっすり寝られることもあるでしょう。(白夜がある国に長く住む人たちは、また違うかもしれませんが)。休息は、活動するために必要です。

 

運勢に関しても、たとえば大殺界というと、運勢が悪いと思いがちかもしれませんよね。でもこれは、外に向けて活動するには向いていない時期というだけで、勉強したり自分を充実させるには、とてもいいときなのだそうです。

 

人間は、睡眠をとらなければ活動できません。

 

草花は、種としてじっと動かない時期もあり、それから根が出て茎や葉がでて、花が咲きます。種を無理やり開いても、花は出てきません。

 

花が咲くには、タイミングがあります。

 

信号だって、青は進めですが、黄色は注意で、赤は止まれ、です。

 

数年前、痒疹(ようしん)という皮膚疾患に悩んでいたときに、皮膚科の先生から「あなたは赤信号でも渡ろうとする。それは無理でしょう」と、言われたことがあります。(そのときのことは、「体と心が目覚める太極拳」2014年11月27日)

 

シンプルに言えばわかることですが、意外と気やりすぎてしまうこと、あるのではないでしょうか。

 

陰とは、ベースであり、癒す時間で、成熟のときだと思っています。

 

そして、瞬間を見たら種でしかなくても、見えない世界から見たときには、花も咲いています。

 

瞬間は、見えているものだけではなく、見えていないものを含めた全てでもあります。

 

今が、どんなにダメダメに見えたとしても、そうじゃないかもしれないのですよ。

 

 

【これからの特別クラス】

11月16日(土)14:00-16:30「ホントにはじめての武当太極拳・気功」 詳細とお申込み方法はこちら

 

11月17日(日)14:00-16:30「たのしい太極扇」 詳細とお申込み方法はこちら

 

11月24日(日)14:00-16:30「やさしい站椿功:しあわせを呼ぶ7つのステップ」 詳細とお申込み方法はこちら

 

12月2日(土)14:00-16:00  「じんわり温まる温灸メガネを作りましょう」(自由が丘)詳細とお申込み方法はこちら

 

12月8日(日)14:30-16:30「はじめての形意拳」 詳細とお申込方法はこちら

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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いしい まゆみ(道号:静慧)/ みんみん)

太極道家

講座のご案内は、こちらからどうぞ。

 


【特別クラス】はじめての形意拳 12/8(日)

2019.11.15 Friday

 

形意拳とは、内家拳である武当功夫(太極拳、形意拳、八卦掌)のひとつです。

 

見た目にはハードで、直線的に進み、打法も早いスピードで繰り出されます。これは、「勁」を学ぶために、体得するために有効です。

 

「勁」とは、中国武術特有の用語で、ざっくり言うと「力」とも言えるのですが、一般に思う「力」とは異なります。

 

「力」とは、もともとの筋力、そして筋力強化のトレーニングによって生み出されるもので、

「勁」とは、全身の合理的な協調運動によって生み出される力、少ない労力で合理的、かつ最大限に発揮する力、です。

 

形意拳を習いたてのころは、「力づく」でやろうとしがちです。でも力むと緊張が生まれるため、スピードも遅くなり、威力も出ません。そもそも、体が持ちません。「これでは、やっていられない、どうにかしないと」と、だんだん無駄な力みに気づいては抜いて、を繰り返していきます。

 

そのうち、少しずつコツがつかめてきて、楽に動けるようになってきます。

 

形意拳の練習は、太極拳にも役立ちます。このふたつは、次のように対比されることがあるのです。

 

太極拳は、見た目には柔らかいけれども、中身は強く、

形意拳は、見た目にはハードだけれども、中身は柔らかい。

 

太極拳は、見た目がゆっくりで柔かいためか、中の強さがないまま、練習されている場合が見受けられます。また、中の強さがないために、外側が緊張して硬くなる場合もあるようです。

 

形意拳を、体の内側が柔かいまま、スピードのある直線的な強い動きができるようになると、

太極拳は、体の内に強さを持ち、見た目はゆったり柔かい動きができるようになります。

 

さらには、形意拳の体の使い方は、中国語で「阻力」という、武当功夫特有の力の出し方の練習にもなります。「阻力」とは、直訳するなら抵抗力ですが、わたしの感覚では、反発力です。

 

形意拳には、三体式という站椿功(静功)、基本の五行拳、そして12の動物の形の套路があります。このクラスでは、基本の五行拳のひとつと、三体式、そして基本の歩法を練習していきます。

 

初心者でも、経験者でも、どなたでも大歓迎です。みなさまのご参加、お待ちしています。

 

【こんな方におすすめです】

・形意拳やってみたい方

・太極拳の練習に行き詰っている方

・爆発力のような力の出し方に、触れてみたい方

・体の緊張やこわばりに悩んでいる方

・体をスパッと動かして、すっきりしたい方

・しなやかで強い体に憧れる方

 

≪参考ブログ≫

※形意拳に関するブログは、こちらから(太極十年不出門、形意一年打死人)

※今年の5月に武当山にお稽古に行ったとき、早朝の練習は形意拳でした。そのお話は、こちらから。

 

 

日時と場所

・12月  8日(日)14:30-16:30 

 京王井の頭線 池ノ上駅から 徒歩約7分(詳細は申し込まれた方にお知らせします)

 

内容:形意拳の基本クラス

   ・三体式(形意拳の基本練習・站椿功)

   ・劈拳(ピーチュアン)(五行拳のひとつ)

   ・歩法 など

 

費用:4,000円(チケットご利用の方は、1チケット+1500円でもご参加いただけます)

    ※当日、お支払ください。

 

服装と持ち物:ストレッチのきいたパンツ、Tシャツ(長袖、半袖)、靴下、室内履き(10月は不要)、タオル、飲み物

 

お申込み方法:minminkungfu☆gmail.com(☆を@に変えてください)あてに、お名前、ご連絡先(お電話番号、メールアドレス)をメールでお送りください。口頭やメッセージなどで、直接お申込みいただくことも可能です。

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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体と心が目覚める太極拳(http://minminkung-fu.com/)

ブログ: みんみんの陽だまり太極道日記(http://blog.minminkung-fu.com/)

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12/7(土)じんわり温まる温灸メガネを作りましょう

2019.11.15 Friday

先日、じんわり温まる温灸メガネを作る会に参加しました。

 

子供の頃、「1時間に1回は遠くを見なさい」と言われませんでしたか?

 

ビルなどに囲まれて視界が狭い都会では、意識的に遠くを見る機会を持たないと、ピンポイントで見がちになってしまうのです。

 

ピンポイントで見る見方は、トンネルビジョンとも言います。それに対して、ぼんやり周辺視野まで見る見方は、ワイドアングルビジョン。

 

野生動物は、普段はワイドアングルビジョンだそうです。広く周囲が見えていないと、どこから危険がやってくるかわかりませんし、どこに獲物がいるかもわかりませんものね。

 

野生動物は、獲物を見つけたとき、そして求愛活動のときだけ、トンネルビジョンになるそうです。チーターの場合、時速100キロで走れるのは約7秒くらいですから、あまり長い時間は使わないのですよね。

 

これに対して人間は、もちろんどちらもできますが、現代の日本人は、圧倒的にトンネルビジョンが多いのではないでしょうか。視界の狭い都会暮らしに加え、パソコン作業やスマホの操作、一点集中で見ることばかりです。

 

この眼の使い方だと、くたびれやすいのですよ。

 

太極拳を含むカンフーのお稽古は、野生動物をお手本にしているところも多いため、ワイドアングルビジョンを育てていきます。ワイドアングルビジョンとは、「木を見て、森も見る」のですよ。遠いところも見えているし、近くもちゃんと把握できているという状態です。

 

視野の広がりは、意識の広がりとつながっていると感じています。

 

「木を見て森も見る」ワイドアングルビジョンが育つと、意識も、自分の体をこえて、遠くまで広がり始めます。広がりは外側だけではなく、内側にも広がります。

 

トンネルビジョンばかりでピンポイントだと、意識も狭くなりがちです。スマホに夢中な人、隣にお友達が立っていても、気づかないなんてこと、ありますよね?

 

お稽古で視野と意識を広げていくことも大切ですが、疲れ切った目は、温めて緩ませることも大事です。

 

そこで活躍するのが、温灸メガネです。

 

ほんわり、じんわり、気持ち良いのですよ。

 

これは、関西に住んでいらっしゃる秋保良子さんという鍼灸師さんが発明されたもので、特許もあるそうです(特許出願番号2016-257938)。

 

もぐさを使いますので、その香りにも癒されます。しかも、このもぐさ、灰が落ちないという優れものなのです。

 

もぐさは、網で閉じてしまいますので、転がったりしません。

 

寝っころがって、温灸メガネで目をじんわりあたためていると、そのまま寝落ちしてしまう人もいるそうです。

 

メガネ以外にも、おへそに乗せて、へそ灸もできます。

 

わたしも愛用中の温灸メガネ、簡単な材料で作れます。手作りしてみませんか?

 

顔や目を緩ませる簡単なエクササイズなども、ご紹介する予定です。

 

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みんみんの陽だまり時間〜じんわり温まる温灸メガネを作りましょう〜

 

日時:第2回:2019年12月7日(土) 14:00−16:00(15分前開場)

 

場所:自由が丘付近の和室(※お申込みいただいた方にお知らせします)

 

作るモノ:温灸メガネ(1つ)

      ※材料はご用意します。収納兼持ち運びケースと、灰の落ちないもぐさ20個のおみやげ付きです。

 

持ち物:はさみ、カッターナイフ、定規(10センチほどのもの)。工作しますので、お洋服が気になるようでしたら、エプロン。

 

参加費:5000円(材料費、収納兼持ち運びケース、おみやげのもぐさ20個込。お茶代込み)

 

お申込み:minminkungfu☆gmail.com(☆を@に変えてください)まで、タイトルに温灸メガネ参加希望と書き、お名前と電話番号、メールアドレスをお書きください。

 

キャンセル:開催10日前から、キャンセル料1000円がかかります。当日のキャンセル料は、全額5000円となります。

 

 

 

 

☀「陽だまり」とは

「陽だまり」のイメージは、縁側にのんびり座り、暖かいお日様の光が射しこみ、ぬくぬく、まどろむような時間と空間です。縁側は、なくても生活できますが、あると居心地が良く、今、とても失われている”あそび”や”ゆとり”だと思うのです。モノも置かれておらず、いつもキレイで、りん、とした印象もあります。太極拳を通して、陽だまりのような場を創っていきたいと思っています。

 

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「安定」の奥に隠されているひみつ

2019.11.14 Thursday

 

「安定」とは、どんなイメージでしょうか?

 

辞書を見ると、「物事が落ち着いていて、激しい変動のないこと」(大辞泉より)とあります。

 

「心が安定している」とか、「物価が安定している」とか、落ち着いて穏やかな感じですよね。

 

「激しい変動がないこと」とあるとおり、動きが少ない印象もあります。でも、そうなのでしょうか?

 

ふと、そんなことを思い、老子と太極拳から、安定の意味を考えてみました。

 

老子「道徳経」の第42章の書き出しは、次のとおりです。

 

「道生一、一生二、二生三、三生万物。万物負陰而抱陽、沖気以為和。」

 

(道が一(一気)を生じ、一から二つのもの(陰陽の二気)が生まれ、二つのものから三つのもの(陰陽二気と中和の気)が生まれ、三つのものから万物が生まれた。万物は陰の気を背負い、陽の気を抱いて、中和の気によって調和を保っている。)

 

道から万物が生成される過程を表しています。ここでは、「道 → 一 → 二 → 三 → 万物」となっていますが、「道徳経」の他の部分では、道=一とされてるところもあり、道と一は、同じと考えてよいようです。

 

「道徳経」には、「太極」という言葉は出てきません。太極ということばが最初に現れたのは、これより前、夏(紀元前2070−前1600)の時代の「易経」です。そこにある「易に太極あり。これ両儀(陰陽)を生ず」と合わせて考えると、「道 = 一 = 太極」と理解することができます。

 

太極とは、すべてのひとつの源であり、陰陽の質を含みつつ、それが分かれていない状態です。わたしのイメージでは、この世で明確に目に見えるものではありません。そこから天地に代表される陰陽が生まれ(ここからは目に見えます)、天地の気が相互に交流して活動が起こります。

 

陰陽の気が相互に交流して活動が起きる、と言われてもピンと来ないかもしれませんが、例として呼吸をみてみましょう。

 

吸う(陰)と吐く(陽)の繰り返しは、陰陽の相互交流で、そこから活動(生きること)が生まれます。吸うと吐くは、自然であれば偏ることなく、調和が取れています。活動は続きながら、自然に調和が保たれます。

 

ここで大切なのは、活動が起きること、つまり常に変化し続けていることです。吸う、吐く、を固定してしまうと、呼吸になりませんよね。

 

体でも、”めぐりがいい”とか”新陳代謝がさかん”のように活動している方が健康的なイメージですよね。逆に、”代謝が悪い”とか、”めぐりが悪い”は、滞っていたり、止まっていて、不健康な印象です。

 

生きるとは、常に変化していることです。

 

バランスを求めるとき、動かないもののバランスを取るなら1回すれば済みますが、動き続ける場合、常にそのバランスを探り続ける必要があります。

 

つまり安定とは、固定するものではなく、常に変化する中で探っていくことになります。

 

安定に対する認識が、ちょっと変わってきませんか?

 

熟練した人の太極拳は、安定しています。見る方も心地よく、安心して見ていられます。

 

でもこの安定は、動き続ける中で常にその瞬間のバランス(調和)を図る結果、生まれる安定なのだと感じています。

 

ではバランスは、どうやって図るのでしょうか?

 

太極拳の動きには、陰陽があります。シーソーは、片方を下げたら(陰)、自然にもう片方が上がりますよね(陽)。

 

これはてこの原理でもあり、このおかげで、少ない労力で大きな力を出すことができます。

 

陰陽の組み合わせは、右手と左手とか、両腕と体とか、いろいろです。さらに、陰が極まったら陽になり、陽が極まったら陰になるように、それまで左手が陰で右手が陽だったら、次は左手が陽で右手が陰になるように、くるくると転換していきます。

 

これが、変化しながらバランスを図る、というプロセスです。

 

その調和のバランスは繊細で、簡単に崩れます。その繊細さを、どれだけ瞬時に捉えて反応できるか、その感覚を育てるのが、お稽古です。

 

初心者と長年の経験者とのひとつの大きな違いは、この感覚の違いに現れると感じます。

 

例えるなら、初心者が5秒ごとに捉えて反応するとしたら、熟練者は1秒ごとだったり、0.1秒ごとだったり、より細かく、繊細にとらえて、同時に調和を求める反応力も発揮できます。

 

バランスは、まず自分自身のバランスからです。体の陰陽のバランス(調和)をとり、さらに心を落ち着かせ、心身のバランスをとります。心がざわつくと、体の緊張となって現れやすく、体のバランスもとれないものなのですよ。

 

ここまでは、気功でもできます。

 

太極拳になると、攻めてくる相手がいる想定ですので、その動きは攻防の連続です。自分の調和だけではなく、相手との調和も入ってきます。

 

現実社会の疑似体験ですよね。

 

生きていれば、誰かと衝突することもありますし、調和が崩れることもあります。そんなときにどうするか、です。

 

衝突し続けたり、多発すると、くたびれます。心もささくれ立ちますし、体も疲労します。居心地も悪いですよね。

 

それを自覚して選ぶなら良いのですが、「そうなりたくないのに、いつもそうなっちゃう」場合、何かが滞っていて調和がとれていないのかもしれません。

 

まずは、いつ、どこでバランスが取れていないのか把握し、そして希望するなら、調和を取り戻すように反応していくこと、です。太極拳は、それを疑似体験していけますし、その繊細な感覚も育てていくことができます。それに長けていけば、「どうしてこうなっちゃうのかしら」とは、なりにくくなるかもしれません。

 

その反応は、力づくではないため、相手にダメージを与えずに、衝突を終わらせることもできるのですよ。これを体で経験するのは、目からうろこみたいな体験になります。

 

安定しているように見える人は、実はとっても動いているのかもしれません。

 

太極拳をする目的は、人それぞれです。解釈や、大切にしているポイントも違うように感じますが、わたしは、この繊細な感覚を育てていくことを、大切にしています。(他を否定しているわけではありません。念のため。)

 

もともとバランスが取れていることを考えると、それは取り戻すとか、思い出すだけとも言えます。だから、誰でも大丈夫。できない人は、いません。

 

いいお知らせでしょ。

 

 

参考:「老子」〈道〉への回帰 神塚淑子著 岩波書店

 

 

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上手くいく、いかないではなく、あるのは経験だけ

2019.11.08 Friday

 

武当山の秋のお稽古から帰ってきたあと、通常クラスでも站椿功を取り入れています。

 

木を抱えるように腕を前にあげる形を、みんないっしょに、10分くらい続けます。

 

やり方とコツはお伝えしますし、途中で直すこともありますが、基本はそれぞれ自分で取り組みます。

 

肩や腕が痛い場合は、どこかに緊張や滞りがあります。バランスもとれていません。

 

緊張があるからバランスが取れていないのか、バランスが取れていないから緊張があるのか、どっちもありえます。

 

それを自分で探っていきます。

 

ひとりですると諦めてしまうことも、みんなでいっしょにすると、持続できることもありたす。みんなの勢いに、お互いに乗りあえるのは、グループレッスンのいいところです。

 

あれこれ探ってもらうとはいっても、どうしてもキツくなることもあります。

 

そんなときは、「腕を下ろして、仕切り直してもいいですよ」と、言っています。ただし「あとで、なぜ腕を下ろしたのか聞かれたときに、答えられるようにしてね」と付け加えます。


自分で意識してもらうためなので、実際には、ほとんど聞きませんが、

 

これは昔、気功の先生に言われた言葉でもあるのです。

 

「呼吸が苦しくなってきた」とか、「腕が痛すぎて」とか、感じたとおりでいいのです。

 

理由を意識することで、同じ出来事が、続けられなかったという失敗ではなく、ひとつの経験として捉えやすくなる気がします。

 

太極拳のお稽古でよく感じるのは、すべては経験でしかないことです。上手くいったとか、いかないとかは、成功と失敗とみることもできますが、経験の価値は、どちらも同じです。

 

上手くいかないから、「何かが違うんだな」と感じることもできますし、

 

上手くいかないことがあるから、上手くいったときに「これだ!」とわかります。

 

上手くいったとき、その感覚をじっくり味わうのも、いいものです。

 

でも、そもそも「これだ!」と思っても、過去との比較での「これだ!」だったり、現時点の自分の感覚、つまり狭い世界の中での「これだ!」であることも、あります。

 

もうちょっと先に進むと、「あれじゃなかった、これだ!」がやってくることもあります。

 

絶対的な”これ”はありませんが、だからこそ、上手くいってもいかなくても、どんなことも価値ある経験になります。

 

自分の体と心で、経験と発見ををしていくことが、お稽古の楽しさでもあります。

 

人生も、同じじゃないかな、と思ったりします。

 

上手くいかなかったときのダメージは、はるかに大きかったり、トラウマになるものもありますよね。

 

それでも、長いスパンで見たときには、その経験があるから、「これじゃない」ことに気づいて、今があると感じることも、多くあります。

 

後からみたら、もっと違う角度から過去の出来事を見ることもできますしね。視野が狭かったのかもしれませんが、そのときは、状況、環境、その他いろんな要素が組み合わさった中で、それが精一杯だったのでしょうから、もう仕方ありません。

 

すべて起きたことを前向きにとらえよう、と言いたいわけではありません。辛いのにもかかわらず、「これも人生勉強なのだ」とす前向きにとらえるのは、傷口がふさがっていないのに、ムチを打つようなことにも、なりかねません。

 

辛いことは辛いと認めるほうがいいですし、直視できないものは、とりあえずは逃げてもいいと思っています。

 

時間は偉大で、いつかは、辛かった出来事でも、穏やかに見ることができるようになることもあります。そのタイミングが自然にくるまでは、逃げていてもいいのではないかしら。

 

站椿功の話に戻ります。10分という時間が長いのか、短いのか、わかりませんが、1時間半とか2時間のお稽古の中で、みんなで取り組むには、今のところ、適当な時間だと思っています。

 

そしてこれが、脚を育て、体を育て、バランス感覚を育て、感じる力と反応する力を育て、心を穏やかにし、パワーを蓄える方法だと思っています。

 

わたしの今の先生(武当玄武派第十六代伝人 明月師父)は、站椿功が好きで、それは「パワーを蓄えることができるから」と話していたことがあります。

 

以前習った気功の先生も、「站椿功をするだけで、すごく健康でいられると思う。それをじっくり研究したい」と話されていたことがあります。

 

やってみると、いろいろでてきます。「無理と思ったけれど、辛くなくて驚いた」とか、「これをやった後のお稽古は、腕が自動で動いてくれる感じがする」という感想もありますし、

 

以前にやったときは続けられなかった人でも、次は最後まで続けられることもあります。

 

人って、どこでどうなるか、わからないのです。これまでの様子は参考になることもありますが、それよりも目の前にいる人を、フレッシュな目で見る方が大切です。そもそも、目の前にいる人の中に、それらの過去の経験も、ぜんぶ入っているわけですしね。

 

「これ、無理」と落ち込んでいた人が、次には「〇〇が痛いのだけれど、どうしたらいいのでしょう」と、前向きに取り組む姿勢を見せてくれることもあります。”取り組む”ことは、本人にしかできませんが、そのためのヒントや解決策は、一緒に探ります。そのためにいるのですしね。

 

もちろん、「ただ痛いだけ」という場合も、あります。「痛い」という経験も、体を壊す危険性がない範囲であれば、大切です。それを感じられるだけ、よく頑張った!ということですよね。

 

ひとりでする場合、10分でも続けるのが難しいこともありますよね。そんなときは、テレビを観ながらでもいいのです。

 

わたしは1回30分するのですが、家の中なら音楽をかけますし、ドラマを観ながらするときもあります。先日までは、ラグビーを観ながらやっていました。

 

武当山でみんなでテレビを観ているとき、先生が站椿功をしていることがあったのですよ。それで「そうか、それもありなのだ」と、勝手に思ったのです。

 

忙しい毎日の中で時間を見つけるのは大変だったり、ひとりでは難しいこともあります。だからこそ柔軟に、”ながら”站椿功でもいいと思います。それでも十分、体は育ちます。

 

「お稽古とは、集中してするものだ」とか、「上手くいくのがよくて、上手くいかないのはダメ」というのは、どちらも”ねばならない”ですよね。無自覚に持っている思い込み、幻想です。

 

お稽古という体験は、そんな幻想に気づかせてくれる時間でもあります。

 

それが、どこかで日常の過ごし方、感じ方、反応などに、反映されていくのではないかしらね。意識しなくても。

 

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